2004年、バイエーカー社のベルグリーン氏はSeed社という会社を設立し、自身がデザインした高級ベビーカーを販売していた。彼はその頃に起きたことをこう振り返る。「 何年か前に『歩行器をデザインしたくないか?』と聞かれた。『それはいい考えかもしれないけど、私はやらない。』だって、魅力的じゃないし、私にとっては退屈なものだと思ったから。その時は本当に興味がなかったんだ。『No』と言った後、あちこちで歩行器が目に付くようになった。でもそれらは、1950年代から60年代に東ドイツで製造されたもののように私には見えた。とても退屈だったよ。」
それからベルグリーン氏は、必ずしも高齢者のためだけでなく、幅広く「移動が困難な人々を助けるため」にデザインを応用することの重要性を考えるようになった。彼は、そのようなデバイス(機器・用具)を必要とする人たちについての研究資料を読み、彼らがどれほどのことを失っているかを知る。ユーザーはデバイスを使用している時に気分がすぐれなかったり、恥ずかしい思いをしたりする傾向があり、社会的活動レベルが大きく低下していることに気づいた。
そこで彼はSeed社を売却し、2015年にバイエーカー社を設立することとなった。「私たちは『家具のような歩行器を作る』という簡潔なデザイン概要を考え出しました。」彼は、製品に古典的な北欧デザインの要素を組み込む方法を熟考した。そして、同社のはじめての歩行器は、名誉あるデザイン賞を受賞することとなる。
考え方のもう 1 つの重要な要素は、バイエーカーが製品のユーザーを「患者」ではなく「消費者」と見なしていることだ、と彼は強調する。「移動能力に障害があるかもしれませんが、それはあなたが患者であるという意味ではありません。「『患者』と話すことと『消費者』と話すこととの間には、非常に大きな違いがあります。」
ベルグリーン氏は「歩行器などの補助具は機能性やスタイリッシュさとは無縁である」理由はないと考えてる。
消費者には自由な選択の権利があり、何が好きで何が嫌いかについて自身で決断するのだ。そこでバイエーカーは「ユーザー自らが一緒に歩きたくなる歩行器」を目指した。それは保険会社や医療システムから「与えられたもの」ではない。
ベルグリーン氏は、ブランド初期のモデルに対する反応は良好だったと語る。彼はバイエーカー歩行器を使用しているユーザーの家族から、ユーザーが社会生活を再開することができたという手紙を受け取った。 この事実は、「byACRE」のブランド名が「active」、そしてラテン語で「復帰、再開」することを意味する「rehabitare」という単語を組み合わせた造語であることと偶然ではない。
製品重量への「こだわり」
バイエーカーチームは、歩行器のユーザー体験を収集する中で、「製品の重量」が彼らにとって重要であることを学んだ。しかし彼は、既存のメーカーは製品の重量にほとんど注意を払っていなかった、と言う。「当時、ほとんどの歩行器は欧米企業向けに中国で開発されており、このターゲットグループ向けに設計することなど誰も気にしていませんでした。」
バイエーカー社は次に、スタイリッシュで軽量なフレームを製造する方法を見つけることに注意を向けました。彼らはカーボンファイバーの探求に取り組み、その結果、最新の歩行器「カーボン・ウルトラライト」が生まれる。バイエーカー社が中国、ミャンマー、スウェーデン、デンマークの各拠点で自社製品を製造するために採用している労働集約的(人的労働力への依存度が高く、機械・設備よりも人の手による仕事量が多いこと)でプレッシャーの少ない製造工程について、ベルグリーンはこう説明する。
まず、カーボン素材の切り出し。この工程では、日本から調達する炭素繊維シートを裁断し張り合わしていく。これは編み物や織物の繊維組織のように、炭素の糸が交差するよう編み込まれている。バイエーカー社はこの工程に「独自の特別なレシピ」を用い、強靭で軽量なフレームを生み出しているという。「これがカーボン・ウルトラライト歩行体験の心臓部であり、魂だ。」
シートは裁断され、織り込まれ、特別な「ブーメラン型」のフレームを作るために張り重ねられる。「私たちのフレームは、3つの大きなピースで構成されており、それらが各々異なる方向に組み合わされてユニークな形状を形成しています。」この重なり合ったシートの内側にシリコン型を挿入し、次の工程である焼成時にフレームが形状を保つのを助ける。
その後、特注の金型に入れ、180℃に加熱して焼き上げる。中のシリコン型を少しずつ膨らませて圧力を保ち、形状を維持する。焼き窯から取り出したフレームは、ハンドルバーを取り付けるフレーム上部を手作業でカットし、穴を開ける。
それが終わると、フレーム部品は塗装のために送られる。まず手作業でサンディングし、バイエーカーのカラフルな色を塗り重ね、クリアー塗装と研磨で仕上げて、入念な検査の後、組み立てに回される。
カーボン・ウルトラライトを作るには、多くの作業が必要なのは明らかだ。「カーボンファイバー・フレームの製造は、製造工程全体のほんの一部に過ぎないが、この工程にこそ我々のDNAがあるのです。」
カーボン・ウルトラライトは、アメリカでは600ドルから650ドル(記事掲載当時)で販売されており、重量はわずか10.5ポンド。超軽量ロレータ歩行器であり、実際に世界最軽量である。当初は、この製品が米国の主要都市で受け入れられるかどうかさえも懐疑的であったが、現在はすでに米国の48の州、ヨーロッパ全土、韓国、日本、オーストラリア、ニュージーランドでこのモデルを販売している。
更なる先へ。男性ユーザーへ向けた歩行器。
現在(記事掲載当時)、バイエーカー社は「カーボン・オーバーランド」を開発中で、本誌が発行される頃に発売される予定だ。バイエーカー社は英国の高級車ブランド「ランドローバー」と提携して、同社が最近リニューアルしたSUV車「ディフェンダー」とカーボン・オーバーランドとの共同プロモーションを行った。
マーケティングに関しては、メッセージ性が極めて重要だとベルグリーン氏は説明する。杖から歩行器に移行するのは、ユーザーにとって精神的に大きな一歩だ。そこに彼らの歩行器は、「移動の『補助』ではなく、移動の『手段』である」というアプローチを用いた。
彼は率直に言って、このような製品が10年前に成功できたかどうか疑っている。しかし、インターネットは消費者の購買方法に大きな変化をもたらした。医師や介護者が「安くて丈夫な」歩行器や押し車を買うために介護用品店に行く代わりに、今ではユーザー自身が自宅で製品を調べ、選択することができる。
「インターネットを使えば、人々は製品に関する情報を検索し、見つけることができます。我々のウェブサイト上でも、人々が行ったり来たりして、私たちの設計理念をじっくり読んでいることがわかります。そして、その行為そのものも、彼らの『自信』につながるのだ。10年前には不可能だったでしょう。」
出典:Plastics Engineering誌 – ユニバーサルデザインはあらゆる年齢に向けた製品を標的とする – 2021年1月